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私たちの正倉院

前史(1972) 昭和47年12月15日加羅津丸コレクション

韓国タンジの壷。唐辛子を入れるためのこの壷はまさに韓国そのもの。

 京都にある烏丸(からすま)と、ボスの生まれた唐津をもじってスタートした加羅津丸(からつま)コレクション。

 これが後のアミナコレクションのはじまりである。

タンジの壷秘話(written by 進藤宏子)

タンジの壷は、なかなか売れずに世田谷の貧しくて狭い住居が、ツボだらけになってしまった。水を入れると染みて漏れてしまうし機能的にも十分ではなかったけど、なけなしの私財をはたいて仕入れたので、生活のためには売らないとどうにもならない。それで一生懸命、魅力の部分をアピールして必死で売りさばいた。

貧しい国へ行くと、ボッタクリで売りつけてきたり、無理矢理あれこれ売りつけたりしてくることがあるが、それは生活ギリギリの人たちのバイタリティー。フォークロア ,にも基本的に貧しさと不屈の精神が宿っていて、その明るいバイタリティに何か魅力を感じたりするのでは。

1976 昭和51年12月冬至

卸専門業者として関東、湘南の小売店に巡回サービスを開始。

アミナコレクションの横浜での創業「横浜にてフォークロアの砦をつくる」 (written by 進藤幸彦)

わざわざ東京から引っ越してまでして、横浜で創業した。唐津の海育ちであった私には潮の香りが薬になることもあった。

それに国際貿易港のさざ波騒ぐ海面には、なにかしら男をそそのかすような、挑発するような汚れがある。

横浜は明治と占領時代の2度にわたり日本がはじめて欧米の文物を大量に受け入れた街だ

そして日本人のフォークロアを変貌させた。近代の良い悪いもここが始まり。フォークロアの砦を作るにはふさわしい。

 明治維新の当時は文明開化の音がして、今は文明開化の見直しが始まる。

アミナコレクションはまさに進藤家の中から産まれた。子供たちの走り回る自宅の玄関には会社看板、玄関横には倉庫スペース。居間のテーブルの上にも、仕事も家庭も混濁して・・・

Family photo

1977 昭和52年4月27日(第1期)

アミナコレクションの横浜での創業「横浜にてフォークロアの砦をつくる」(written by 進藤幸彦) 日本ハリレラ商会の協力により、中近東・インド・トルコ・エジプトのマーケットをリサーチ。
インド民芸衣料のデザイン、生地の輸入をはじめる。従業員3名。

1978 昭和53年(第2期)

「シルクロード」構想をもっていたところ、横浜中華街南門通り商店街の後援を得て、5月2日「チャイハネ(パート1)」を中区山下町80番地でオープン。
 ホンコンとの取引開始。大阪国際貿易見本市に初参加。従業員7名。

チャイハネ誕生秘話(written by 進藤幸彦)

<チャイハネという名前>
 シルクロードと中華街になじみやすい名前を考えた。トルコの喫茶店、人がわけもなく集まる寄り合い茶屋「チャイハネ」がすぐ浮かんだ。気楽にいろいろなお客に入ってもらい、チャイは飲めないが世界各地の民芸を楽しんでもらおう。
 中華街の南門の通りは、ヨーロッパ志向の町並みである元町と中華街を結ぶ、いわばシルクロード。南門の通りは関東大震災前までは、休日に異人たちがパレードするメインストリートだった。なので看板は開港浮世絵の「横浜ドンタク図」の異人達のパレードの絵を組み合わせた。看板が上にあがると、店構えは何となく「芝居小屋の雰囲気」になって、それも楽しかった。博多どんたくにならって、横浜どんたくチャイハネと書きなぐった。 街全体をどんたくの雰囲気にして店を盛り上げたかった。

 

1979 昭和54年(第3期)

「シルクロード」構想をもっていたところ、横浜中華街南門通り商店街の後援を得て、5月2日「チャイハネ(パート1)」を中区山下町80番地でオープン。 ホンコンとの取引開始。大阪国際貿易見本市に初参加。従業員7名。

船小屋チャイハネ

チャイハネも人気が出ていたのだけれど、1年で賃貸期限が来て出て行かざるをえなくなったが、向かいの稲垣さんが店として貸してくれた。もともとは船具問屋ということで、手を打って喜んだ。
 船小屋も民芸にふさわしい建物ではないか。
 漁業組合の倉庫などを思い出しながら、船小屋らしく改装したのだが、風情を出すには ボートを飾りたい。木造のボートにこだわったところ流通しておらず、金沢八景の野島付近の運河で放置されている木造ボートを見つけた。そこでウンチのうかぶ運河を泳ぎ、絶滅寸前の「民芸品」を確保した。黄色や空色のペンキがはげてきていい感じの風情があるボートだ。

船小屋チャイハネ続き

 

1980 昭和55年(第4期)

ホンコンとの取引強化。

1981 昭和56年(第5期)

5月16日「シルクロード舞踏館」オープン。トルコとの取引開始。

シルクロード舞踏館誕生秘話(written by 進藤幸彦)

<物化へのレジスタンス>
第二次オイルショックによる不況が冷めやらぬ1981年。 チャイハネの前の更生堂薬局が引越したタイミングで、舞踏館はオープンした。 舞踏館は最初から利益が目的ではなかった。当時は営業活動で何年間も車に乗って走り続けていた。車体や座席シートを仮に排除して人間の肉体のおかれた形だけを考えると、中腰で膝を曲げたまますごいスピードで宙を飛んでいる奇妙な形が見える。こんな光景は人類の何万年の歴史の中で、ついこの百年の間に出てきて、あっというまに当たり前になった異様な光景なのだ。あと何年もこのままなら今度は体の硬化が始まり、工業文明にくたびれたぼろぼろの肉体になっておしまいという気がした。

シルクロード舞踏館誕生秘話続き

 

1982 昭和57年(第6期)

インドネシアとの取引開始。

1983 昭和58年(第7期)

インドネシア、ネパールでの現地生産開始。USAとの取引開始。

1984 昭和59年(第8期)

季刊紙「シルクロード舞踏館」を創刊。 3号、4号でトルコ風呂の名称廃止運動に協力、年末に全国に広がる。 7月7日、西域民具・骨董・アクセサリーの「トルクメン」をオープン。従業員10名。

1985 昭和60年(第9期)

機関紙で旧暦正月の「春節」の復活キャンペーン。
7月「船小屋」チャイハネ再見セール、7月30日たましずめ神楽を行う。
翌日より解体工事。
12月末「西域倉庫」チャイハネ3階建てで新装オープン。
タイとの取引開始。中国広州見本市へ参加を始める。

"Console" Chaihane Re-seen Sale Tama Shizumoto Kagura

チャイハネ大規模リニューアル

耐震の問題で建物を作り直さなければならなくなった。

トータルで民芸そのものであるような、フォークロアのインパクトの強い建物を作りたいと思ったが、建築規制の壁が立ちはだかった。なんとか私たちの思考と感性で突破しようと試みた。

倉庫という無愛想な建物には媚がなくてもいい。基本の形は倉庫でいこう。チベットなどの西域風の倉庫を想った。内装はネパールの門前町の木造建築の持つ、「狭苦しい人懐かしさ」をテーマにして、舞台のような段差も作ろう。ボートややぐら組みはそのままにして、全体が「船の旅情」をかもし出している雰囲気は大事に残そう。そうやって新生チャイハネは生まれた。

Chaihane large-scale renewal

1986 企画元年 昭和61年(第10期)

ビルマ、台湾、韓国との取引開始。年商3億円を超す。
この年を「企画元年」とし、民族衣料のほか雑貨の企画開発も目指す。
ギリシャとの取引開始。従業員20名。

1987 昭和62年(第11期)

資本金2000万円となる。チャイハネ10周年で緑区鴨居にスタジオ(3階建て)を建設。
パキスタンとの取引開始。

1988 昭和63年(第12期)

インドのデリーに正式に駐在事務所を開設し、インド政府の承認を受ける。
駐在2名。年商5億円。

1989 昭和64年・平成元年(第13期)

新本牧に倉庫用地131坪を確保し、倉庫を建設。
 「トルクメン」は2月に移転、新装オープン。
 西域食器・雑貨「ネネソフラ」が2月に新しくオープン。
 メキシコ、グァテマラとの取引開始。
 3年に1回の1ヶ月サクセス休暇を実施。年2回の展示会を開始。従業員30名。

1990 平成2年(第14期)

企画第5年度。アトリエ・事務所をシタラビルに移す。
 コンピューターを導入して販売時点と在庫の管理に正確を期する。舞踏館改装。 「シルクロード舞踏館」奇数月刊となる。西アフリカ諸国との取引開始。従業員40名。年商7億円。
「フォークロア世界への旅」(毎日新聞社刊)。

1991 平成3年(第15期)

週刊毎日グラフに「世界民芸曼陀羅」を連載。年商8億円。

1992 平成4年(第16期)

3月、パート1・3階をオープン。
 12月中区山下町214に本社ビルを建築、チャイハネ アナオープン。
 単行本「世界民芸曼陀羅」(毎日新聞社刊)。

1993 平成5年(第17期)

11月をもってシルクロード舞踏館閉鎖。13年間にわたった第1次舞踏館は惜しまれながら中断。
 ペルー、ボリビア、ケニアとの取引開始。従業員53名。年商10億円。

1994 平成6年(第18期)

タンザニアとの取引開始。年商9億円。

1995 平成7年(第19期)

10月「シルクロード舞踏館」偶数月間で復活(通算42号)。デリーオフィス総人事異動。
カナダとの取引開始。年商9億円。

1996 平成8年(第20期)

ランドマーク4Fにチャイハネ アタオープン。商品部を新設。
 ベトナム、バングラディシュとの取引開始。年商10億円。

1997 平成9年(第21期)

創立20周年記念。週休2日制を完全開始。ブラジルとの取引開始。
関帝廟前にチャイハネ デデオープン。コンピューター入替。従業員60名。年商13億円。

1998 平成10年(第22期)

エジプトとの取引開始。年商13億円。

1999 全国店元年

4月チャイハネ 厚木店、7月町田店、11月仙台店オープン。
 9月アタ5Fに移転、ランドマークタワー店となる。「世界の不思議なお守り」(平凡社刊)。
 新店舗委員会発足。トルコ大地震にボランティア派遣。ヒマラヤ保全協会に加入。 従業員100名。年商16億円。

2000 平成12年(第24期)

本牧倉庫より丸山倉庫へ引越。3月チャイハネ 亀戸店、11月小倉店、12月お台場店オープン。 8月仙台店2Fに移転。仕入委員会発足。エクアドルとの取引開始。従業員140名。年商18億円。

2001 平成13年(第25期)

4月チャイハネ ネネオープン。シルクロード舞踏館復活。
パート1・3Fリニューアル(伝統衣料コーナー)。11月小倉店が移転、博多店となる。
第1回南門シルクロード花鳥節・姫りんご祭。8月ホームページ上で通販開始。 6月危機。年商16.5億円。

チャイハネCAFE誕生秘話 (written by 進藤さわと)

チャイハネを紹介するときに「チャイは飲めないけれど、世界各地の民芸を楽しんでください」という具合に言い訳がましいところがある。それならいっそのこと「チャイ」ののめるカフェを作ればいい、というのがボスの最初の発想で2001年にチャイハネネネが開店時にその4階にてオープンした。

それから10年経ち、チャイも少しずつ日本に浸透していきてる。さらにチャイを前面にメニュー構成を組んでいくことになっている。

インドで雑踏の中にあるチャイ屋で一杯飲んだり、トルコの商談中に出されるチャイを飲んだり、現地でチャイを飲んだ記憶は、人ごみやフォークロアの濃厚な密集の中においてである。

日本で言えば緑茶のような感じで現地のフォークロアに根付いているチャイ。

コーヒーや紅茶が外来でありながらスタンダードの仲間入りをしたのならば、チャイも刺激的な異文化の飲み物というより、普通に気づくと手にとっている民衆に浸透したものになっていって欲しい。

Chaihane CAFE

2002 平成14年(第26期)

派遣社員雇用開始。12月チャイハネ 元町店オープン。
パナマとの取引開始。年商17億円。

2003 平成15年(第27期)

4月チャイハネ 厚木店、7月町田店、11月仙台店オープン。
 9月アタ5Fに移転、ランドマークタワー店となる。「世界の不思議なお守り」(平凡社刊)。
新店舗委員会発足。トルコ大地震にボランティア派遣。ヒマラヤ保全協会に加入。 従業員100名。年商16億円。

2004 平成16年(第28期)

2月地下鉄みなとみらい線開通。2月チャイハネ 京都店、3月広島、6月福岡店、8月浜松店、
11月りんくう店、12月さいたま店オープン。
仕入部、店舗部創設。丸山倉庫より羽沢倉庫へ引越。従業員200名。年商23億円。

2005 平成17年(第29期)

6月本社をクリードビルに移転。
5月テュルク閉店、跡地へデデ引越。進藤さわと、やまと取締役就任。7月営業常設ショールーム開設。 「シルクロード舞踏館」100号記念「チャイハネ・マーケット月組」出版。
 従業員266名。年商27億円。

2006 創業30周年 平成18年(第30期)

4月チャイハネ 岐阜店、千葉店、11月武蔵村山店、神戸北店、八尾店オープン。
10月お台場店が移転、ららぽーと豊洲店になる。6月スマイルアップキャンペーン開催。
8月公募プロジェクトで「民俗学」表紙裏に広告を掲載し、一般より旅行記を募集、機関紙にて発表。
9月第1回ファッションライブを横浜大さん橋ホールにて開催。
12月創業30周年記念として早池峰神楽(岳神楽)を招待講演。MD部創設、展示会3期制導入。
C・CRAFT立ち上げ。従業員数305名。年商31億円。

C・CRAFT(チークラフト)誕生秘話 (written by 進藤さわと)

1984年、チャイハネが年々成長して、その必然の作用として商品に大衆性が強まっていくなか、トルクメンという骨董のような古民芸のショップがオープンした。このショップは今はもうないが、当時のチャイハネの成長によって損なわれていった何か精神的なものの埋め合わせをする作用があった。

2006年、チャイハネが本格的な店舗展開を進める最中、チークラフトは誕生した。

チャイハネが店舗展開すれば必ず商品は人気商品にしぼられ、結果として気の利いた小物や身の回り品が主力になっていくのは眼に見えていた。何か大きくてゴツゴツしたもの、そういうものをやるべき、という漠然とした感覚から、家具という発想を持った。

チークラフトの誕生もトルクメンの誕生と似た、ある種の穴埋めのような動機があったのかもしれない。

C・CRAFT誕生%

2014 平成26年(第38期)

チャイハネ飛行郵便刊行(年6回)
アロハテラス 木更津オープン
椿の蔵 川越オープン
ZOZOTOWN出店

2015 平成27年(第39期)

アメツチテラス 沖縄にオープン
 外遊びの魅力をチャイハネ流にアレンジし楽しむチーキャンプ開催

2016 アミナコレクション創業40周年 平成28年(第40期)

6月幸浦倉庫より新杉田倉庫へ引越。
7月港横浜ショールーム お披露目。
8月本社引越 横浜クリード7Fへ。
アメツチテラス 横浜店、バオバブリゾートオープン。
年商71億円。

2017 平成29年(第41期)

日経ニューオフィス賞応募。
会員制度改定。
軽井沢林檎の森オープン。

2018 平成30年(第42期)

新事業として、ヨーロッパ雑貨「欧州航路」、ホステル「HARE-TABI」、コーヒースタンド「釜出し珈琲」スタート
岩座5周年記念公演 早池峰 岳神楽 @シルクロード舞踏館
本社オフィス増床
 第一回 ファミリー感謝DAY開催

2019 平成31年 令和元年(第43期)

顧客様展示会を開催

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