前史

前史

  • 1939
    昭和14年

    ユネスコ無形文化遺産(現在)である唐津くんちが巡業される九州 唐津の城下町にて、創業者 進藤 幸彦(ボス)が産まれ育つ。

  • 1957
    昭和32年ごろ

    浦和高校在籍時代の夏休みにて、陸前高田市にて東北の民俗芸能である鬼剣舞や鹿踊りなどに出会い、文化的に圧倒的な衝撃を受ける。

  • 1965
    昭和40年

    東京教育大学文学部史学方法論民俗学専攻科卒業。在学中は創作舞踏部に所属。日本民俗芸能がフィールドワーク。
    昭和44年よりトルコ政府給費生としてトルコ民俗芸能の調査留学。

  • 1965
    昭和44年

    トルコ政府給費生としてトルコ民俗芸能の調査留学。

  • 1972
    昭和47年12/15

    ●韓国タンジの壷を仕入れ、加羅津丸(からつま)コレクションとして世田谷ボロ市に参加。

    タンジの壷 誕生秘話
  • 1973
    昭和48年

    東京私立本郷高校を退職。

創業期

創業期

  • 1976
    昭和51年12月冬至

    ●卸専門業者として関東、湘南の小売店に巡回サービスを開始。

  • 1977
    昭和52年4月27日(第1期)

    ●株式会社アミナコレクションを緑区の現法人住所に設立。
    ●インド民芸衣料のデザイン、生地の輸入を始める。
    ●従業員3名。

    アミナコレクション 創業秘話
  • 1978
    昭和53年(第2期)

    ●「シルクロード」構想をもっていたところ、横浜中華街南門通り商店街の後援を得て、5月2日「チャイハネ(パート1)」を中区山下町80番地でオープン。
    ●大阪国際貿易見本市に初参加。
    ●従業員7名。

    チャイハネ 誕生秘話
  • 1979
    昭和54年(第3期)

    ●6月末チャイハネ パート1は中区山下町185番地に引越。
    ●12月チャイハネ パート2をオープン。
    ●東京国際貿易見本市に初参加。
    ●民芸ファッションの企画・制作を強化。Amina ブランドの始まり。
    ●年商1億円を超す。

    船小屋チャイハネ誕生秘話
  • 1980
    昭和55年(第4期)

    ●ホンコンとの取引強化。

  • 1981
    昭和56年(第5期)

    ●5月16日「シルクロード舞踏館」オープン。
    ●トルコとの取引開始。

    シルクロード舞踏館誕生秘話
  • 1982
    昭和57年(第6期)

    ●インドネシアとの取引開始。

  • 1983
    昭和58年(第7期)

    ●インドネシア、ネパールでの現地生産開始。

  • 1984
    昭和59年(第8期)

    ●季刊誌「シルクロード舞踏館」創刊。3号、4号でトルコ風呂の名称廃止の運動に協力、年末に全国に広がる。
    ●7月7日、西域民具・骨董・アクセサリーの「トルクメン」をオープン。
    ●従業員10名。

  • 1985
    昭和60年(第9期)

    ●機関紙で旧正月の「春節」の復活キャンペーン。
    ●7月「船小屋」チャイハネ再見セール、7月30日たましずめ神楽を行う。翌日より解体工事。
    ●12月末「西域倉庫」チャイハネ3階建てで新装オープン。
    ●タイとの取引開始。
    ●中国広州見本市へ参加を始める。

    チャイハネ大規模リニューアル秘話

黎明期

黎明期

  • 1986
    昭和61年(第10期)【企画元年】

    ●ビルマ、台湾、韓国、ギリシャとの取引開始。
    ●年商3億円を超す。
    ●この年を「企画元年」とし、民芸衣料のほか雑貨の企画開発も目指す。
    ●従業員20名。

  • 1987
    昭和62年(第11期)

    ●資本金2000万円となる。

  • 1988
    昭和63年(第12期)

    ●インドのデリーに正式に駐在事務所を開設し、インド政府の承認を受ける。駐在2名。
    ●年商5億円。

  • 1989
    昭和64年・平成元年(第13期)

    ●新本牧に倉庫用地131坪を確保し、倉庫を建設。
    ●西域食器・雑貨「ネネソフラ」が2月に新しくオープン。
    ●メキシコ、グァテマラとの取引開始。
    ●年2回の展示会を開始。
    ●3年に一度の一ヶ月サクセス休暇を実施。
    ●従業員30名。

  • 1990
    平成2年(第14期)

    ●アトリエ・事務所をシタラビルに移す。
    ●業界に先駆けてコンピューターを導入して販売時点と在庫の管理に正確を期する。
    ●「フォークロア世界への旅」(毎日新聞社刊)。
    ●西アフリカ諸国との取引開始
    ●従業員40名。

  • 1991
    平成3年(第15期)

    ●週刊毎日グラフに「世界民芸曼陀羅」を連載。
    ●10月 早池峰神楽 岳神楽 シルクロード舞踏館公演。
    ●年商8億円。

  • 1992
    平成4年(第16期)

    ●3月パート1・3階をオープン。
    ●12月中区山下町214に本社ビルを建築、チャイハネ アナオープン。
    ●12月早池峰神楽 岳神楽 本社ビル落成式公演。
    ●単行本『世界民芸曼陀羅』(毎日新聞社刊)。
    ●フィリピンとの取引開始。
    ●年商8・5億円。

  • 1993
    平成5年(第17期)

    ●11月をもってシルクロード舞踏館閉鎖。13年間にわたった第1次舞踏館は惜しまれながら中断。早池峰神楽 大償神楽公演。
    ●ペルー、ボリビア、ケニアとの取引開始。
    ●従業員53名。
    ●年商10億円。

  • 1995
    平成7年(第19期)

    ●10月「シルクロード舞踏館」機関紙が偶数月刊で復活(通算42号)。
    ●年商9億円。

  • 1996
    平成8年(第20期)

    ●ベトナム、バングラデシュと取引開始。
    ●年商10億円。

  • 1997
    平成9年(第21期)

    ●創立20周年記念
    ●関帝廟前にチャイハネ デデオープン
    ●週休2日制を完全開始。
    ●ブラジルとの取引開始
    ●コンピューター入替。
    ●従業員60名。
    ●年商13億円。

  • 1998
    平成10年(第22期)

    ●エジプトとの取引開始
    ●年商13億円。

  • 1999
    平成11年(第23期)【全国店元年】

    ●「世界の不思議なお守り」(平凡社刊)。
    ●トルコ大地震にボランティア派遣。
    ●ヒマラヤ保全協会に加入。
    ●従業員100名。
    ●年商16億円。

  • 2000
    平成12年(第24期)

    ●本牧倉庫より丸山倉庫へ引越。
    ●従業員140名。
    ●年商18億円。

  • 2001
    平成13年(第25期)

    ●4月ネネビルオープン
    ●シルクロード舞踏館復活。
    ●4月早池峰神楽 岳神楽 踊り場開き公演。
    ●第一回南門シルクロード花鳥節・姫りんご祭。
    ●8月チャイハネ オンラインショップ開店、ホームページ上で通販開始。
    ●年商16・5億円。

  • 2002
    平成14年(第26期)

    ●年商17億円。

全国展開期

全国展開期

  • 2003
    平成15年(第27期)

    ●4月第三回南門シルクロード花鳥節・姫りんご祭でトルコ春招び隊初来日。
    ●チャイハネ全国展開元年
    ●年商19億円。

  • 2004
    平成16年(第28期)

    ●2月地下鉄みなとみらい線開通。
    ●丸山倉庫より羽沢倉庫へ引越。
    ●従業員200名。
    ●年商23億円。

  • 2005
    平成17年(第29期)

    ●6月本社をクリードビル4F に引越。進藤さわと、やまと取締役就任。
    ●7月営業常設ショールーム開設。
    ●シルクロード舞踏館100号記念「チャイハネ・マーケット月組」出版。
    ●従業員266名。
    ●年商27億円。

  • 2006
    平成18年(第30期)

    ●9月第1回ファッションライブを横浜大さん橋ホールにて開催。
    ●12月創業30周年記念として早池峰神楽 岳神楽を招待公演。
    ●展示会3期制導入。
    ● C・CRAFT(チークラフト)立上げ。
    ●従業員305名。
    ●年商31億円。

  • 2007
    平成19年(第31期)

    ●3月倉羽沢倉庫より鳥浜倉庫へ移転。
    ●6月チャイハネ・マーケット花組 出版。
    ●従業員数330名。
    ●年商35億円。

  • 2008
    平成20年(第32期)

    ●9月チャイハネ30周年記念第2回ファッションライブを横浜大さん橋ホールにて開催。
    ●オンラインショップ楽天オープン。
    ●従業員440名。
    ●年商39億円。

フォークロア再創造 - 事業の多様化 -

フォークロア再創造 - 事業の多様化 -

  • 2009
    平成21年(第33期)

    ● ヒマラヤに木を植えよう「ONE PEACE ONETREE」支援スタート。
    ●5月 早池峰神楽 岳神楽 シルクロード舞踏館公演。
    ●12月倭物や カヤ 誕生。
    ●鳥浜倉庫より幸浦倉庫へ引越。
    ● yulブランド立上げ。
    ●ファッション誌への出稿始める。
    ●年商38億円。

    倭物やカヤ誕生秘話
  • 2010
    平成22年(第34期)

    ●3月進藤さわと 社長就任。
    ●4月中華街まちなかキャンパス開講。
    ●12月チャイハネ DEPO 誕生。
    ●年商43億円。

  • 2011
    平成23年(第35期)

    ●3月東日本大震災復興支援「SMILE FOR JAPAN」を立ち上げ、すぐに全額寄付商品販売。
    ●7月カヒコ誕生。
    ●「詩でたどる日本神社百選」(民芸追求刊)。
    ●年商52億円。

    kahiko(カヒコ)誕生秘話
  • 2012
    平成24年(第36期)

    ●年商54億円。

  • 2013
    平成25年(第37期)

    ●3月東日本大震災復興支援「森の長城プロジェクト」に共感し、被災した沿岸部にいのちの森を作る。
    ●コーポレートサイト公開。
    ●岩座(いわくら)誕生。
    ●早池峰神楽 岳神楽 ユネスコ無形文化遺産フェスティバル招致公演の先駆け公演をシルクロード舞踏館で舞う。
    ●5月繊維からエネルギーを作り出す「FUKU ‐ FUKU プロジェクト」に参加。
    ●年商57億円。

    岩座(いわくら)誕生秘話
  • 2014
    平成26年(第38期)

    ●1月チャイハネ飛行郵便刊行(年6回)。
    ●7月アロハテラス 木更津オープン。
    ●9月椿の蔵 川越オープン。
    ●ZOZOTOWN 出店。
    ●年商60億円。

  • 2015
    平成27年(第39期)

    ●4月アメツチテラス 沖縄にオープン。
    ●5月・11月外遊びの魅力をチャイハネ流にアレンジし楽しむチーキャンプ開催。
    ●年商70億円。

  • 2016
    平成28年(第40期)

    ●6月幸浦倉庫より新杉田倉庫へ引越。
    ●7月港横浜ショールーム お披露目。
    ●8月本社引越 横浜クリード7F へ。
    ●10月 早池峰神楽 岳神楽 アミナコレクション40周年記念公演(シルクロード舞踏館)。
    ●アメツチテラス 横浜店オープン。
    ●年商71億円。

  • 2017
    平成29年(第41期)

    ●日経ニューオフィス賞「奨励賞」受賞。

  • 2018
    平成30年(第42期)

    ●「欧州航路」オープン。
    ●ホステル「HARE-TABI」オープン。
    ●5月早池峰神楽 岳神楽 岩座5周年記念公演(シルクロード舞踏館)。
    ●本社オフィス増床。

  • 2019
    平成31年 令和元年(第43期)

    ●年商80億円。

ブランド発信推進期

ブランド発信推進期

  • 2020
    令和2年(第44期)

    ●「マウナロア」ブランド譲渡を受ける。恵比寿店オープン。
    ●カヒコCSR「LIVE ALOHA GIVE ALOHA」始動。

  • 2021
    令和3年(第45期)

    ●情報発信サイトAminaFlyersオープン。
    ●「マウナロア」ECサイトオープン。
    ●マウナロアCSR「Mālama for IOLANI PALACE」始動。

  • 2022
    令和4年(第46期)

    ●「あまのいわと学校」「COTOAGE」始動。
    ●「呼子くんち」復興を支援 
    ●「お浄めミュージアム 鎌倉」オープン。

  • 2023
    令和5年(第47期)

    ●サウナ施設「HARE-TABI SAUNA & INN YOKOHAMA」オープン。

  • 2024
    令和6年(第48期)

    ●年商100億円
    ●早池峰神楽 岳神楽 岩座10周年記念公演(シルクロード舞踏館)。

1972

昭和47年12月15日加羅津丸コレクション

タンジの壷秘話(written by 進藤 宏子)

1972

昭和47年12月15日加羅津丸コレクション

タンジの壷秘話(written by 進藤 宏子)

なかなか売れずに世田谷の貧しくて狭い住居が、ツボだらけになってしまった。水を入れると染みて漏れてしまうけど、生活のためには売らないとどうにもならないから、魅力の部分をアピールして必死で売りさばいた。貧しい国へ行くと、ボッタクリで売りつけてきたりしてくることがあるが、それは生活ギリギリの人たちのバイタリティー。
フォークロアにも基本的に貧しさと不屈の精神が宿っていて、その明るいバイタリティに何か魅力を感じたりするのだ。

1977

昭和53年(第1期)

横浜にてフォークロアの砦をつくる(written by 進藤幸彦)

1977

昭和53年(第1期)

横浜にてフォークロアの砦をつくる(written by 進藤幸彦)

わざわざ東京から引っ越してまでして、横浜で創業した。唐津の海育ちであった私には潮の香りが薬になることもあった。
それに国際貿易港のさざ波騒ぐ海面には、なにかしら男をそそのかすような、挑発するような汚れがある。
横浜は明治と占領時代の2度にわたり欧米の文物を大量に受け入れ、日本を変容させた。
近代の良い悪いもここが始まり。フォークロアの砦を作るにはふさわしい。

1978

昭和53年(第1期)

チャイハネ誕生秘話(written by 進藤幸彦)

1978

昭和53年(第1期)

チャイハネ誕生秘話(written by 進藤幸彦)

<チャイハネという名前>
中華街の南門の通りは、ヨーロッパ志向の町並みである元町と中華街を結ぶ、いわばシルクロード。なじみやすい名前を考えたところ、トルコの寄り合い茶屋「チャイハネ」がすぐ浮かんだ。気楽にいろいろなお客に入ってもらい、チャイは飲めないが世界の民芸を楽しんでもらおう。 その通りは関東大震災前までは、異人たちがパレードするメインストリートだった。なので看板は開港浮世絵の「横浜ドンタク図」を組み合わせた。
街全体をどんたくの雰囲気にして店を盛り上げたかったのだ。

1979

昭和54年(第3期)

船小屋チャイハネ

1979

昭和54年(第3期)

船小屋チャイハネ

チャイハネも人気が出ていたのだけれど、1年で賃貸期限が来て出て行かざるをえなくなったが、向かいの稲垣さんが店として貸してくれた。もともとは船具問屋ということで、手を打って喜んだ。
船小屋も民芸にふさわしい建物ではないか。
漁業組合の倉庫などを思い出しながら、船小屋らしく改装したのだが、風情を出すには ボートを飾りたい。
木造のボートにこだわったところ流通しておらず、金沢八景の野島付近の運河で放置されている木造ボートを見つけた。
そこでウンチのうかぶ運河を泳ぎ、絶滅寸前の「民芸品」を確保した。
黄色や空色のペンキがはげてきていい感じの風情があるボートだ。

1981

昭和56年(第5期)

シルクロード舞踏館誕生秘話(written by 進藤 幸彦)

1981

昭和56年(第5期)

シルクロード舞踏館誕生秘話(written by 進藤 幸彦)

<物化へのレジスタンス>
第二次オイルショックによる不況が冷めやらぬ1981年、チャイハネの目の前に舞踏館はオープンした。
当時は営業活動で何年間も車に乗って走り続けていた。あと何年もこのままなら体の硬化が始まり、工業文明にくたびれたぼろぼろの肉体になっておしまいという気がした。手始めに開いた教室は、ヨガ・太極拳・新体道・気流法・少林寺拳法・修験舞踊といった教室だった。
心身不二、つまり人間の肉体と精神とを切り離して考えることを否定し、人間の物化へのレジスタンスの場にしたかったのだ。
当時は社員は5〜6名であったけれど、全員なんらかの教室に参加した。
皆、就業時間中に仕事を抜けて教室に行く。全社一体、仕事と一体となって、舞踏館は始まったのだ。

1985

昭和60年(第9期)

チャイハネ大規模リニューアル

1985

昭和60年(第9期)

チャイハネ大規模リニューアル

耐震の問題で建て直さねばならなくなった。倉庫という無愛想な建物には媚がなくてもいい。基本の形は倉庫でいこう。チベットなどの西域風の倉庫を想った。
内装はネパールの門前町の木造建築の持つ、「狭苦しい人懐かしさ」をテーマにして、舞台のような段差も作ろう。ボートややぐら組みはそのままにして、全体が「船の旅情」ある雰囲気は残そう。そうやって新生チャイハネは生まれ変わった。

2009

平成21年(第33期)

倭物やカヤ誕生秘話 (witten by 進藤 さわと)

2009

平成21年(第33期)

倭物やカヤ誕生秘話 (witten by 進藤 さわと)

2005年に「おばけの金太」という民芸品に出会った。赤い漆塗りの愛嬌ある顔した民芸品で、ひもをひっぱると「あっかんべー」をする仕掛けがある。
熊本県の観光ポスターにもたびたび登場する熊本のDNAともいえる民芸品だが、一子相伝で後継者難に直面しているということで あった。
全てが失われるより先に日本のフォークロアをテーマに事業をはじめなければ。そういう気持ちが湧いた。
創業以来30余年、いわゆるエスニック諸国をテーマにした業態チャイハネだけを展開してきたが、創業者である父(以下、ボス)の文化的原点はもともと日本の民俗芸能との出会いだったはずだ。
それから4年後の2009年。
リーマンショックの影響で一等地の物件が出た際に、決心を決めた。
不況の打撃の中、会社全体も新しいことをやるモードでもなく、何度も挫けそうになりながら倭物やカヤは立ち上がった。最後まで私の熱意をささえたのは、「おばけの金太」。
消え去る前に何か始めねばならない。

2011

平成23年(第35期)

Kahiko(カヒコ)誕生秘話(witten by 進藤 さわと)

2011

平成21年(第33期)

Kahiko(カヒコ)誕生秘話(witten by 進藤 さわと)

2008年、アミナコレクション開催のファッションライブがあった。ファッションショーの狭間に民俗舞踊を差し込んで、ファッションと芸能の融合を図るものだった。その2つの芸能は、1つは国指定・重要無形民俗文化財の岳神楽。もう1つはカヒコというフラダンスの古典的なスタイルで、ハワイ島のフラの祭典メリモナークで競演していたチームの中から、もっとも真摯なハワイの神事舞踊と感じたチームを日本へ招待した。そのファッションショーの晩、岳神楽とカヒコの踊り手たちの文化交流会を開き、自然崇拝や重心の低い動作など多くの共通点を見出した。そういう経緯もあり、カヒコにすっかり魅了され親近感を得た私たちが、ハワイをテーマにショップを開くというのは自然な流れであった。

2013

平成25年(第37期)

岩座(いわくら)誕生秘話 (witten by 進藤 さわと)

2013

平成21年(第33期)

岩座(いわくら)誕生秘話 (witten by 進藤 さわと)

1997年にオープンしていた世界のお守りとパワーストーンを扱うチャイハネデデについて、
このままでは未来はないという結論にいたった。
そこで新たな切り口を見出さねばならなくなったが、悩みに悩み抜いた。深夜だった。突如として「岩座」という二文字が頭に浮かび、背中に電気が走った。
岩に神が宿るとして、祈りを捧げる古代日本人の姿が、目に浮かんだ。
そこからプロジェクトが動き出した。
出雲大社、日御碕神社、厳島神社、岩木山神社、早池峰神社、伊勢神宮と足を運び、インスピレーションを深めていると、4mx30m弱という神社の参道のような細長い店舗物件が紹介される。
さらに岩座がオープンした2013年は、出雲大社の60年に1度の遷宮と、伊勢神宮の20年に1度の遷宮が奇しくも重なるという年だった。
すべてが神仕組みである、そう感じざるを得ないデビューであった。